モリログ

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気分は結果としてあるべき

長らく(半年ほど)ブログ書いておりませんでした。
今年になってから、職種転換をしまして、管理部門から営業部門の人間になりました。
週休2日から、シフト制になり生活習慣も変わって、やっとここ最近慣れてきた感じです。
ということで、これからまた、時間を見つけてブログ書いて行きたいと思います。
 
最近聞いた言葉の中で印象的だったものを紹介します。
気分は常に結果として在るべきなのかもしれない。
この本の中に書かれています。
 
 

 

それを、「楽しいほう」に変えてみない? 明日ちょっと運がよくなる、思考のメモ

それを、「楽しいほう」に変えてみない? 明日ちょっと運がよくなる、思考のメモ

 

 

F太さんという方のtwitterつぶやきをまとめたものなんだけど、非常に参考になります。
上記であげた言葉について正確にはこう言っています。
 
 
 
 
人間は結局気分(=感情)で行動するんだなと自分の行動を振り返っても感じます。
習慣化するためには改めて気分や感情を排除して行動する必要があるなと感じます。 
 
一例をあげると数ヶ月前から通いだしたジム。
仕事帰りとかにいこうと、朝思っていても、
仕事が終わった後、疲れた(体力的というより気持ちが)とか言っていかないで普通に帰宅する。
まさしく、気分で行動を変えてしまういい例ですね。
 
行動を変えたいとか習慣化したい思って、いろんな本を読んで実践してきました。
日常の行動をなかなか変えられないことがおおかったのですが、
この言葉で結構変わってきている気がします。
 
よく習慣化するには「仕組化」する必要があるとか言われています。
まさしくその通りなのですが、仕組化してもできない自分がいました。
 
例えば、上記のジムへ通う例。仕組み化するために、行く日を事前に決め、
会社へ着替え等をもって行き準備万端。あとは足をジムに向けるだけなのですが、
上記の理由により断念。
 
でも最近F太さん言葉を意識してから変わった気がします。
 
 
気分ありきではなく、いったん気分を排除して、結果的に気分はどうなったかで考える
 
こう考えることによって行動を変えることができました。
 
何事も初めてしまえば、気持ちが乗ってくるものなので、
何かしなきゃと思って「気分は常に結果として在るべきなのかもしれない。」という言葉を思いだして行けばいったん気分(感情)を外して物事を考えられる気がします。
 
では。
 
久しぶりの物書きはやはり難しい。言葉にするって難しい。